栃響について
About Us

ごあいさつ

 私たち栃木県交響楽団は、栃木県の芸術・文化の向上に寄与するという崇高な理念と使命に向かって、活動しております。2016年1月には、関係者の皆様のご支援や多くの栃響ファンのご来場をいただき、第100回定期演奏会を成功させることができました。
 栃響は、2020年に設立50周年を迎えます。これからも、栃木県民の皆様に愛され続ける楽団を目指し、県民の誇りと郷土"とちぎ"への愛着をメロディーに乗せてお届けして参ります。ご支援や演奏会へのご来場をよろしくお願い申し上げます。

栃木県交響楽団会長 須賀 英之

歩み重ね 栃響新たな楽章へ

■ 栃響の活動

 定期演奏会はもとより、これまで、中国浙江省、サントリーホールなどでの特別公演(20回)、県民の日公演(17回)、県内全域での音楽文化向上を期した巡回コンサート(101回)も行ってきました。
また、栃木県議会議事堂ロビーコンサート、コンセールマロニエ優勝者と共演する特別演奏会、日頃コンサートに足を運びにくい子ども連れにも気楽に音楽を楽しんでもらおうと企画した親と子のための「ファミリーコンサート」、県内各地から集った合唱愛好家と共演する第九演奏会(栃木県楽友協会)などを行っています。
 さらに、2012年からは、小編成の「栃響チェンバーオーケストラ」を編成し、クラシック入門講座など県民の多様なニーズに応えてきました。今後も県民の音楽文化向上を期し、地域に根差したオーケストラとして活動して参ります。

■ 栃響の誕生

 戦争の傷跡が残る1946(昭和21)年、宇都宮高校に一人の男性教諭が赴任してきました。後に栃響を率いて、デンマークで行われたコペンハーゲン世界青少年音楽祭において最優秀賞を獲得した石井信夫(いしいのぶお)氏です。まだ食料すら満足に手に入らない時代にあっても、若者たちに音楽の重要性を訴え、赴任したその年のうちに栃木県最初の合唱団を、1950(昭和25)年には宇都宮高校内に栃木県初の管弦楽団を創設しました。同時期には、後に栃響の初代理事長を務めたバイオリニストの岩本政蔵(いわもとまさぞう)氏も宇都宮市内に音楽学院を創設し、音楽の素晴らしさを発信し続けました。
 戦後間もなくから、多くの本県音楽関係者の地道な活動を通してまかれた音楽の種は、着実に芽吹き、プロ、アマチュア問わずたくさんの音楽家、音楽愛好家が育ちました。栃響の源流の一つは終戦直後の先人たちの努力にあるともいえます。
 1960年代に入ると、隣県の群馬交響楽団をはじめ全国各地で地域を拠点とするオーケストラが産声を上げ始めました。一方の栃木県でも、1964(昭和39)年には須賀高校(現宇都宮短大付属高校)で県内初の音楽科が発足し、1967(昭和42)年には宇都宮短大音楽科も創設されました。栃木県の音楽文化も高まりを見せる中、「栃木県にもオーケストラを」という声も徐々に大きくなっていき、1969(昭和44)年には、後の宇都宮市長で当時県議の増山道保(ますやまみちほ)氏が、県内音楽関係者に県レベルのオーケストラ設立を呼び掛けました。当時、宇都宮交響楽団と、宇都宮短大音楽科のオーケストラ、宇都宮大学管弦楽団などがそれぞれに活動していましたが、増山氏の呼び掛けに応じて音楽関係者が尽力し、これらの団体を母体に1970(昭和45)年に栃響が誕生したのです。
 初代会長には宇都宮短大学長の須賀友正(すかともまさ)氏、理事長に岩本氏、常任指揮者に石井氏と、後に宇都宮短大副学長を務めた田渕進(たぶちすすむ)氏を迎え、楽団員67人で発足したのです。

■ 栃響の足跡

 創立から4年目の1974(昭和49)年7月、デンマークのコペンハーゲンで行われた世界青少年音楽祭に出演するため初の海外公演を行いました。派遣団員80人がデンマーク各地で演奏会を開催し、栃木県とデンマークの国際交流を行うとともに、音楽祭では石井氏と田渕氏の指揮でメンデルスゾーン「バイオリン協奏曲」などを演奏し、最優秀賞を獲得しました。
 1980(昭和55)年6月、落成したばかりの宇都宮市文化会館で創立10周年記念第29回定演を開催し、ベートーベン「交響曲第9番(第九)」を演奏して、新しい音楽拠点の完成を祝いました。創立当時はアマチュアオーケストラゆえに、転勤や結婚などで楽団員がなかなか定着せず苦労も重ねましたが、楽団員、関係者の努力でそれらの課題も年々解消されていきました。創立10年を経て、第2代会長には初代理事長の岩本氏が就任し、新理事長には、初代会長を務めた父・須賀友正氏を支え、栃響設立時に行政側との実務的な橋渡しなどに力を尽くした、現須賀学園学園長の須賀淳(すかあつし)氏を迎えました。このとき、楽団員115人を擁する陣容となっていました。
 1989(平成元)年8月、会長の須賀淳氏、後の足利市長で当時県議の吉谷宗夫(よしたにむねお)氏らの尽力により、関係各所との調整、県からの支援も取り付け、東京公演に臨み、地方のアマチュアオーケストラとして初めて、「クラシックコンサートの殿堂」といわれる赤坂のサントリーホールの舞台に立ちました。世界的な指揮者小林研一郎(こばやしけんいちろう)氏と、ソリストに千住真理子(せんじゅまりこ)氏を迎え、ベルリオーズ「幻想交響曲」、サンサース「バイオリン協奏曲第3番」などを演奏し、ほぼ満席の2千人の観衆から大きな拍手をいただきました。その後1992(平成4)年、1998(平成10)年にもサントリーホールでの特別公演を行っています。
 1994年1月、栃木県と中国浙江省との友好提携記念事業として「栃木県交響楽団友好使節団」が編成され、浙江省杭州市で記念公演を行いました。チャイコフスキー「交響曲第5番」などを演奏し、約1千人の観衆から熱烈な拍手をいただき、栃木県と浙江省の友好交流に大きな足跡を残すことができました。
 2016年1月、第100回定期演奏会においては、県民の皆様からのご期待に応え、急遽、1日2回公演を敢行することとなりました。指揮に末廣誠(すえひろまこと)氏、チェロに宇都宮市出身の宮田大(みやただい)氏を迎え、ベルリオーズ「幻想交響曲」とドボルザーク「チェロ協奏曲」を演奏しました。また、足利銀行、下野新聞社、とちぎテレビ、栃木放送ほか、多くの関係者の皆様から多大なるご支援をいただき、記念となる演奏会を成功させることができました。

<第100回定期演奏会に係る感謝状の贈呈>


足利銀行


とちぎテレビ


下野新聞社


栃木放送